相模原障害者施設殺傷事件は臨床心理士が防げたのではないか

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ひぐらしです。

今回お話する内容は

臨床心理学とは?ーカウンセリング・精神医学などと比べる特徴

で書かせていただいた内容と関連するのですが、臨床心理士がすべき仕事とされているものをご紹介させていただきたいと思っています。

少し前の話になりますが、神奈川県にある相模原障害者施設で痛ましい殺人事件が起きました。ニュースなどでは、加害者の男性の異常さに焦点が当てられ「サイコパス」や「サイコ野郎」などと侮蔑的な言葉も投げかけられたりしました。

実際のところ、その加害者の男性はいわゆる精神障害を患った経験(犯行当時もおそらく精神障害を抱えていたと推測される)があり、措置入院もしていました。

なぜ彼は病院を出てしまったのでしょうか?

なぜ、十分のケアが届けられないまま、地域での生活に復帰したのでしょうか?

その責任は、担当していた医師、または臨床心理士にあるのでは僕は思います。しかし、ニュースなどではほとんどそのことについて触れられることはなく、さらに今風化しようとしています。

事件後本当にすべきことだったのは、月並みですが、二度とこのような事件を起こさないことなのではないでしょうか?関連する制度としてはその後整えられたりしました。しかしながら、メディアは加害者の男性に対する誹謗中傷に似たコメンテーターの言葉が多く取り上げられていました。

僕自身、加害者の男性の行動は決して許されるものではなく、その考え方も倫理的に受け入れることはできません。今回はそのことに踏み込むのではなく、臨床心理士や医師に関して、いわばメスを入れていきたいと思います。

措置入院とは、重度の精神障害などによく用いられる行政上の措置です。自傷他傷のおそれがあると判断された精神障害を抱えた方を強制的に入院させます。

一つだけでは足りない

精神障害のケアに必要な薬物療法

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精神障害という診断がついた場合、多くの場合精神科医による薬物治療が行われます。

生物的な原因に基づくことがわかっている精神障害を内因性の精神障害というのですが、そういった内因性の精神障害の多くは薬物治療による症状の改善が行われます。また、内因性の精神障害以外でも気分を落ち着かせるためなどの理由で薬物治療が行われることがあります。

しかしながら、薬を飲むだけで精神障害がよくなるというほど、精神障害に対する研究が進んでいるわけではありません。また、そうであるなら、精神障害で苦しみ人がこんなにも多くいるはずもないのです。

精神障害のケアにおいて、薬だけでは不十分なのです。冒頭の、相模原障害者施設殺傷事件の話に戻ると、入院ということで、医師の方の診断もついており、おそらく薬物治療は行われていたのではないかと思います。

精神障害のケアに必要な心理療法

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臨床心理士の仕事の中心になる心理療法による精神障害のケアです。例えば、うつ病の場合には認知行動療法という心理療法がうつ病のケアに極めて有効であるということがわかっていますので、臨床心理士の主導で行われます。

一般的に、心理療法と並行する形で、薬物治療が行われます。その理由は心理療法の効果を上げるためというのが多いです。

一方でこのような薬物療法と心理療法をどんなに完璧に行ったとしてもそれだけでは不十分です。

よく用いられる例えを紹介しましょう。あるドブ川の中に、衰弱した金魚がいます。きれいな水槽でその金魚を治療するために、そのドブ川から取り出して、薬をあげたり餌をあげたりします。無事回復したその金魚は元のドブ川に戻されます。

どうなるでしょうか?もちろんその金魚は再び病気になります。

これは精神障害に当てはまります。精神障害に対するケアを行ったとしても、そのクライアントの元いた環境がもし、そのクライアントにとって辛い状況であるなら、せっかく入院やケアの結果良くなったとしても再び同じ問題が生じてしまいます。

相模障害者施設殺傷事件において圧倒的に足りなかったのは、おそらく、この視点です。

精神障害のケアに必要な社会的支援

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精神障害には、その環境も含めた支援が必要になります。実はこのような環境に対する働きかけも理論的には臨床心理士が担うべき仕事とされています。

臨床心理士が取り除くのは、病気や疾患ではなく、「生きづらさ」なのです。もちろんその生きづらさの中には、精神障害の症状もありますが、環境にいることによる苦しみなどもあります。

障害を抱えながらも、その本人や周りの人が生きやすい環境を整えること

これが臨床心理士がすべきことなのです。これを実現するためには、来談したクライアントと、その周りの環境、双方の歩み寄り支援する必要があります。この、環境の側の歩み寄りを進めるのが、臨床心理士による社会的支援の内容となります。

相模原障害者施設殺傷事件では、そもそも治療が十分でなかった可能性はありますが、退院後のケアや環境の調整が足りなかったのではないかと思います。

事件の全貌を見る限り、加害者の男性の行動の異常さは明らかです。その、状態がもし精神障害によって引き起こされているのだとすれば、なぜその男性をケアに結び付けられなかったのでしょうか?その症状に対するケアが行き届かなかったのは完全に担当した病院側の責任であると僕は思います。

最近、「心のケアは地域社会の中で」という思想のもと、在宅でのケアが進められていますが、十分な体制が用意できないまま、社会生活に復帰させるのは制度矛盾以外の何物でもありません。

生物ー心理ー社会モデル

多面的なケア

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以上で述べたように、精神障害のケアにおいては

・薬物治療による生物学的な側面:医師がおこなう

・心理療法による心理的な側面:臨床心理士がおこなう

・環境調整をおこなう社会的な側面:臨床心理士・社会福祉士などがおこなう

というように大まかに分けられます。そして、この三つの側面によるケアを行うことが、心のケアを行う基本となります。このような、考え方を生物ー心理ー社会モデルと呼びます。この生物ー心理ー社会モデルは臨床心理実践において欠くことのできない非常に大切な考え方です。

コーディネーターとしての臨床心理士

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この、三つの側面におけるケアを行うにあたり、精神科医や看護師、社会福祉士などの多くの人たちがケースに関わることになります。

そこで臨床心理士はコーディネーターとしての職務を期待されます。

理由は様々あると思うのですが、一番大きいのは臨床心理士が行う重要業務の一つ、アセスメント(査定)にあります。

臨床心理の行う、アセスメントは医師の行う診断とは異なり、生物ー心理ー社会の幅広い領域を視野に入れて行われます。アセスメントはケースの進行に応じて、何度も行われます。具体的な方法としては、アセスメント面接や、行動観察などです。

相模原障害者施設殺傷事件の加害者の担当であった臨床心理士はどのようにコーディネートを行ったのでしょうか?それとも抱えるケースの多さや、病院内の立場的な問題などからコーディネートがうまくできなかったのでしょうか?

相模原障害者施設殺傷事件が問いかけるものは、加害者の異常さではなく、心のケアを担う病院体制の見直しなのかもしれません。

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