サイレントマジョリティと「障害」ー静かな境界線ー

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こんにちは!臨床心理学を専攻しているひぐらしです!

紅白歌合戦の出演者が決まりましたね!

その中でも、初出演の欅坂46に注目してみました!

代表曲であり、デビュー曲でもある『サイレントマジョリティー』

めちゃめちゃいい曲ですね!と言いつつ、僕はgoosehouseのカバーの方が好きなのですが笑

 

サイレントマジョリティとは、声を上げない大多数の人々のことです。

この『サイレントマジョリティー』という曲は、いわゆる、集団に埋もれてしまっている現代人に向けて、「もっと上をみろよ!目立つのが怖くても頑張れ!」というメッセージを持ったものですね。

歌詞の端々から、秋元康の想いと、欅坂46への期待の表れが見て取れます。

 

ということを言いたいのではなく!

僕は職業病なのか、学生病なのか、この歌詞を聞いて別の話を思い出しました。今回の記事ではそれをメッセージとして伝えていきたいと思っています。

テーマはタイトルの通り、「障害」です。

 

僕の専門とする臨床心理学では「障害者」の「生きづらさ」や「社会からの排除」がテーマとなることがあります。そうした「生きづらさ」や「排除」に

 

あなたも加担しているかもしれない

 

ということをまず伝えたいと思います。また、ではどうしたらそこから一歩踏み出すことができるのか、僕なりの考えを書いています。興味がないというあなたに読んでいただきたいです。

 

本記事では「障害」という言葉を鉤括弧つきで書いています。ディスアビリティスタディーズという、いわゆる「障害」について研究する学問があるのですが、そこでは一般に言う「障害」というものを細分化して扱っており、学問的に見るとあまり正確な言葉ではないのです。また、僕自身あまり障害という言葉が好きではないというのもあり、カッコつきにしています。一般の人にはわかりやすいので「障害」という言葉を使っています。また、この記事は、マジョリティの人に向けて書きました。

 

あなたもサイレントマジョリティかもしれない

「障害」とマイノリティ

最初に「障害」「障害者」という言葉を考えてみたいと思います。

「「障害者」とはどのような人か?」と尋ねられたら、あなたはどのように答えますか?

 

できないことがある人

 

このような内容を答える人が多いのではと思います。

確かに、それは要素としてありますが、大事なのは、できることとできないことの基準です。

 

わかりづらいかもしれないので、具体例を使って説明してみます。

例えば、目が見えない人は、「障害」を持つ人とされそうですね

 

しかし、泳げない人は、「障害」を持つ人とはされません。できないことがあるにもかかわらずです。なぜでしょうか?

 

その答えは、「障害」ひいては「障害者」という言葉の背後には、

 

圧倒的多数の「健常者」が想定されているから

 

なんです。(「健常者」という言葉も嫌いなのであまり使いたくないです)

圧倒的多数の「健常者」の人ができることができないこと、これが、「障害」という言葉の一つの大きな基準となっています。

 

こうしてみると、「健常者」=マジョリティ、「障害者」=マイノリティという構造が見えてくると思います。「障害」を持たない人は生まれながらに、マジョリティに吸収されていくことになります。

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声を上げないものたちは賛成している

ここまでくると、「ちょっと待て!」という人がいるかもしれません。

 

「泳げなくても困らないけど、目が見えなかったら困るじゃないか!だから、「障害」になるんじゃないか?」

 

その通りです。「障害」や「異常」の基準には、このような困り感というものあります。

 

しかし、この困り感、誰が作り出しているのでしょうか?

 

また具体例を出しましょう。

「健常者」の人は、なに不自由なく、信号を渡れますね。しかし、目が見えない人は、音がないとわからない。

もし、この世界の人のほとんどが目の見えない人だとしたら、信号はどのように作られると思いますか?きっと、音によって、「進め」「とまれ」を表すのではないでしょうか?目が見えない人が圧倒的に多くなったら、目が見えない人のために信号が作られます。そうすると困り感はないですよね?

 

つまりこの世界は

 

マジョリティの人が作った世界

 

ということです。

マジョリティーの人が、マジョリティのために作った。だからマジョリティーとマイノリティの間に壁が生まれます。これが、困り感の正体です。

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この記事を読んでいるあなたも「障害」をもたないマジョリティだとしたら、知らないうちに、この壁の建設を手伝っているかもしれないのです。まさに、サイレントマジョリティではないでしょうか?

 

わかりやすいのは、学校教育ですね。学校教育では、テストで良い点数が取れる子、きちんと前を座って勉強できる子のために作られています。なぜなら、あなたが所属するであろうマジョリティのためにです。

それに乗れない子はスポイルされていきます。ADHDや学習障害とされる子供たちです。これが、マジョリティが作り出す壁の典型的な例です。

 

Yesでいいのか?

では、サイレントマジョリティから抜け出すためにはどうすればいいのか?

僕は、サイレントマジョリティであることを自覚する。これが大切だと思います。

つまりメタ認知ですね。(メタ認知について詳しく知りたい方はなぜ岡崎体育は若者に人気なのかーさとり世代とメタ認知ーをご覧ください)

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この記事では入り口を作りました。

サイレントマジョリティだと自覚すること。これも大切な声です。

その先に広大な世界が広がっています。

 

「なんだって!壁を取っ払うべきだ!」

「民主主義の中で、なぜマイノリティを助ける必要があるのか?多数決だろ?」

 

アクションを起こさなくても、こうした意見を持つこと自体もになると思います。是非自分なりの声を持っていただけたら幸いです。

最後に

マジョリティに向けて作られたシステムの中で、排除されてしまう人たちは少なからずいます。

知っている方はしっているかもしれないですが、ばおくんという子もまたその一人だと思います。

興味のある方は是非調べてみてください。

 

僕自身は、この現状にNO!と言いたいのですが、それを他の人に強制しようとは思いません。

大事なのは知ること、そして自分の考えを持つことです。この記事を読んだ方の世界を少しでも広げられたなら幸いです。

最後までありがとうございました!

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