いじめ報道が絶えない今だから考えたい「いじめとは何か?」

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こんにちは!大学で臨床心理学を勉強しているひぐらしです。

 

最近、いじめ自殺の報道が絶えません。

 

  • メディアや世間の目が敏感になっているのか
  • それとも現実としていじめ問題が深刻化しているのか

 

それはわかりませんが、いじめという問題にスポットライトが当てられている今だからこそ「いじめとは何か?」という問題を振り返ってみたい思います。

いじめ問題を考える

Wikipediaにのってる定義

 

 

皆さんの考えるいじめの定義とは何ですか?

 

 

いじめの定義。一つの例として、Wikipedaを引用しましょう。

肉体的、精神的、立場的に自分より弱いものを暴力、差別、いやがらせなどによって一方的に苦しめること(引用:wikipedia

とても辞書的ですね。多分、問題と責任を明確にするための「法律的」な定義なのでしょう。

 

しかし

 

これがいじめの定義で良いのでしょうか?

 

二つの質問をぶつけます。

 

立場の弱さって関係あるの?

何を持って立場の弱さを測るのでしょうか?

 

地位でしょうか?いや、でも最近は「教師いじめ」というものもみられます。必ずしも「高い立場(先生)」にいるから、いじめの対象にならないというのは無理があるように思われます。

 

でしょうか?二人で一人にちょっかいを出し続けたらいじめになるのでしょうか?また、一人が三人になって仕返しをしたら、いじめになるのでしょうか?

 

というより、そもそも立場が弱いからいじめられるというより、いじめられるから立場が弱いということになるのではないでしょうか?

 

いじめ問題で立場を考えるのは不毛な気がしてきますね。

 

見ているだけの人はいじめ?

いじめを「いじめる人といじめられる人」の問題と考えるのは簡単です。しかし、それだけでは問題は解決しません。

 

いじめという問題は

  • いじめる子
  • いじめられる子
  • いじめを見て見ぬふりをする子
  • いじめに気づかない学校

の全部がそろって起きるのではないでしょうか?

 

確かに、同調性の圧力はあります。スクールカーストもあります。言いづらいのはとてもわかります。

しかし、それを認めていては問題は解決しません。「見て見ぬふりをすること」もいじめの中に含めて問題化することはできないのでしょうか?

 

いじめを苦に自殺した子のクラスメートなどが、インタビューに答えるのをよく見ます。まるで他人事のようにインタビューに答えています。

 

君も見ていたんでしょ?なら君もその一部なんじゃないの?

 

ということを言いたくなってしまいます。

 

学校に話を変えましょう。「見て見ぬふりをする」学校は論外ですが、「いじめに気づかない」学校というのもいじめを助長してしまっています。

 

先生に言えば何とかなる。こういった雰囲気を作れない、学校はいじめに加担しています

 

先生方は、カメラの前で一体誰に頭を下げているのでしょうか?学校自身が「いじめの加害者」であるという事実をどれだけ真摯に受け止めているのでしょうか?

 

新しいいじめの定義ー『青い鳥』から

『青い鳥』(重松清)

青い鳥 (新潮文庫)

『青い鳥』という小説は、吃音症のある中学校の教師が、ひとりぼっちでいる生徒の心にそっと寄り添う物語です。

集団に馴染むこと、先生が引っ張っていくことを当たり前とする学校のあり方を、立ち止まって考えさせられます。

作者の重松清さん自身が、教育学部出身ということで、子供の心の動きが丁寧に描かれていて、そのメッセージも重みがあります。

 

短編集のような形式になっているため読みやすいです。その中に表題作になっている『青い鳥』という章があります。この章はいじめがテーマになっています。

 

その中で、「いじめって何だろう」という疑問を持った生徒に先生はこう答えます。(本文では吃音で表現されているのですが、長くなるので省略しています)

人を踏みにじって、苦しめようと思ったり、苦しめていることに気づかずに、苦しくて叫んでる声を聞こうとしないのがいじめなんだ

 

 

僕はこのいじめの定義が好きです。

 

 

人を踏みにじって苦しめようする子はもちろん「いじめ加害者」。

 
見て見ぬをふりをする子、気づかない学校は、苦しんでる声を聞こうとしない。

だから「いじめの加害者」。

 

これが、心のこもった「いじめの定義」です。僕はこの定義を広めていきたいと思っています。

 

この定義をぜひ心に留めておいてほしいです。そして、いじめの問題を考えるきっかけにしていただけたら嬉しいです。

 

  • 代表者が出るだけの謝罪会見
  • 知らぬ顔でインタビューに答える生徒

 

もうやめませんか?

 

 

生徒の苦しみを聴く

 

 

そういう学校が必要とされています。

 

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