統合失調症の当事者|ハウス加賀谷さんの本が勉強になりすぎる

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こんにちは!大学院で臨床心理学を勉強しながら、心理学やメンタルヘルスについてのブログを書いていますひぐらし(@psycholokorori1)です。

 

さて今回は、こちらの本を紹介したいと思います。

 

少し前の本ですが、こちらもう一度読み直して最初に読んだ頃の感動を思い出したので、記事にしました。ぜひこの本は、統合失調症に関係のない人にも読んで欲しいおすすめの本です。

 

統合失調症がやってきた|ハウス加賀谷・松本キック著

統合失調症がやってきた

松本ハウスというお笑いコンビ

こちらの本を書いたのは、「松本ハウス」というお笑いコンビです。僕は全く世代ではないので、全然知らなかったのですが、昔は『電波少年』や『ボキャブラ天国』に出演してどっかんどっかん笑いをとっていたみたいです(from wikipedia情報)。

 

絶頂の最中、ボケ担当のハウス加賀谷さんの持病だった「統合失調症」が悪化してしまい、仕事はおろか日常生活も崩れていってしまいました。ハウス加賀谷さんは、相方の松本キックさんに申し訳なさを感じながらも療養生活に踏み切ることになります。

 

統合失調症(とうごうしっちょうしょう)という「心の病気」はあんまり馴染みがないかもしれません。統合失調症とは、重篤な精神障害の一つで、ざっくりいうと「陽性症状=妄想や幻覚」「陰性症状=感情が平板になる、気力が出なくなる」の二つの主な症状が出ます。詳しくは、以前書いたこちらの記事をご覧ください。

【統合失調症とは】症状・種類・原因・予防・治療について解説

2017.08.10

 

その心の病に蝕まれ、お笑いコンビ松本ハウスは活動を休止せざるを得なくなったわけです。今はもう復帰していて、バラエティ番組などでも療養生活での話をしたりしています。

 

統合失調症の当事者の本として

僕の感想を交えながら簡単に本の内容を紹介していきたいと思います。

 

ハウス加賀谷(統合失調症当事者)さんの生い立ち

ハウス加賀谷さんは、厳格な家庭で育てられました。小さい頃から親に期待され、それに応えるべく良い子の仮面をかぶり続けてきました。

 

相当のストレスだったのではないかと思います。一番遊びたい盛りの小学校時代に、友達と満足に遊ぶこともできずに自分を押し殺して生きてきました。

 

そうした環境の中、ハウス加賀谷少年(本名|加賀谷潤)に異変がおきます。

 

 

自分は臭いんじゃないか?

 

 

振り返って思えばこれが、統合失調症の一番最初のサインでした。周りの人が、「全然臭くないよ」といっても加賀谷少年は全く信じません。これが、訂正不能な妄想です。

 

そしてそれと同時に同級生の声が聞こえてきます。

 

 

「あいつ臭いよ」

 

 

後ろに誰もいない場所に移動しても、背後から声が聞こえてきます。これが幻聴ですね。この時点で、きちんと治療に繋がっていれば、症状は重くならなかったかもしれませんが、当時は良い支援者に恵まれませんでした。クリニックにいってはいたものの、幻覚の症状はどんどん重くなっていったのですね。

 

そして、クリニックのすすめを受け、ハウス加賀谷少年は、家庭よりも落ち着いた環境で過ごすことのできるグループホーム(同じ心の問題を抱えた人が一緒に住む施設)への生活を決断します。

 

グループホームでの生活

グループホームでの生活は、ハウス加賀谷さんにとって楽しいものでした。

 

グループホームでの時間はゆったりと流れていた。(p55)

 

暖かい雰囲気に包まれた生活で、ハウス加賀谷さんはきちんと生活できるようになってきます。そうして、高校生のハウス加賀谷さんは、自分がやりたいことに気づきます。

 

 

「漫才をやってみたい」

 

 

そう思ってから、ハウス加賀谷さんの行動は早くバイトで資金集め、漫才の王道大阪へと足を運びます。そこで、ナインティナインさんらの当時の人気芸人さんの舞台を見て、その想いを確固としたものにします。

 

コンビ結成から絶頂

その後、同じ事務所で漫才を勉強していた、松本キックさんとコンビを組むことになります。

それでも最初はうまく生きませんでした。というのも、ハウス加賀谷さんの統合失調症の症状は完全によくなっているとは言えず、薬の副作用などで挙動不審や落ち着かなくなっている様子は、お客さんやオーディションの審査員の人にも伝わり「障害者を舞台に上げていいのか」という、痛烈な言葉を投げかけられることもありました。意味のわからない言葉です。

 

お笑いコンビ松本ハウスはそんな逆境にめげず、ついに人気お笑いコンビとしてテレビで活躍することになるのです。

 

 

ハウス加賀谷さん病院へ入院する

しかしながら、絶頂は長く続きませんでした。立て込んでくる仕事、かかってくるプレッシャー。統合失調症の魔の手は、ハウス加賀谷さんを知らぬ間に蝕んでいきます。

 

誰かから見られている、スナイパーから狙われている。そんな妄想と現実が入り混じった世界で、生き続けたハウス加賀谷さん。ついに限界がきてしまいます。お母さんに連れられ、相方の松本キックさんに、病院に入院することを伝えます。

 

 

「すみませんでした」

 

 

ハウス加賀谷さんはそれしかいうことができませんでした。

 

入院が始まってからの生活はひどいものでした。統合失調症が重くなっている患者さんは、保護室という刑務所に近いような場所に閉じ込められるのですが、ハウス加賀谷さんもそこで療養生活ということになりました。

 

この保護室、先進国の間ではもう過去の産物でしかないのですが、日本では未だにこのような「保護室での対応」がスタンダードになっています。最近、この保護室に関連してニュースでも話題になる事件がありました。

 

病院での入院生活は、そこでしか生きることのできない患者さんを作ってしまうと言われています。社会復帰からどんどん遠ざけてしまうのです。

 

ハウス加賀谷さんもそうした環境に置かれ、どんどん空っぽになっていってしまいます。しかし、そこでハウス加賀谷さんが「忘れられなかった想い」が社会復帰へ、大きな一歩を踏み出させることになります。

 

忘れられなかった想い

ハウス加賀谷さんが、忘れられなかった想い。それが

 

 

芸人として復帰をしたい

 

 

自分が舞台上で輝いていたあの時のことを忘れることはできませんでした。そう思い立ってから、ハウス加賀谷さんは社会復帰へ向けて動き出します。

 

病院を退院する。たるんだ体を鍛える。アルバイトを始める。

 

ハウス加賀谷さんは忘れることのできなかった自分の夢に向けて、一歩ずつ踏み出していったのです。

 

統合失調症を隣で支えた支援者の本として

相方は、統合失調症

ハウス加賀谷さんを支えた松本キックさん

統合失調症と闘病していたハウス加賀谷さんが社会復帰するにあたり、松本キックさんの存在はとても大きなものでした。

 

芸人、ハウス加賀谷さんの復活まで約10年間。松本キックさんは待ち続けました。その間、ハウス加賀谷さんを急かすことは絶対にしませんでした。それは、昔状態が悪くなっていっているハウス加賀谷さんに気付けなかった自分への後悔でもありました。

 

松本キックさんは、本人の負担にならないようにハウス加賀谷さんの言葉を待ち続けました。それが、どれだけしんどいことか…松本キックさんは一人で舞台にたち続けました。松本ハウスという居場所でずっと待ち続けたのです。

 

この松本キックさんの姿勢は、統合失調症に限らず心の病に苦しんでいる人の支援者として素晴らしいものだと思います。統合失調症の治療は、息の長い支援が必要です。焦らず、しかし希望を持ち続ける。松本キックさんの対応は、その絶妙なバランスを保っていたのだと思います。

 

統合失調症の支援に大切なこと

感動でした。あんまり本を読んで泣きそうになることはないのですが、最後の舞台復帰の場面まで読むと思わず目が潤んでしまいました。

 

そして、一つの感動的なドキュメンタリー本としてだけでなく、この本には統合失調症の大切なことがぎゅっと詰まっているように感じます。

 

 

  • 焦らずに支え続けること、待ち続けること
  • 最後まで希望を持ち続けること

 

 

それをまっすぐに表しているリリー・フランキーさんの言葉が表紙に書かれています。

 

馬鹿は死ななきゃ治らない。

でも、生きてりゃ治る馬鹿もある。夢あるねぇ

 

本当に勉強になりました。統合失調症を理解するのに、こんなにいい本はないのではないでしょうか?

 

講演会もやってるみたいですよ!

最近では、統合失調症の当事者として、全国で講演会もやっているみたいです。ぜひ生でお話聞いてみたいものです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

 

統合失調症コントなど

こちら講演会の様子や、統合失調症のことがよくわかるコントもYoutubeにあったのでリンクを貼っておきます!

 

 

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